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石川ミリオンスターズ・近藤俊太郎選手インタビュー:前編

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先日、BCリーグの石川ミリオンスターズに入団した近藤俊太郎投手(22)。北陸大学リーグ通算22勝の実績を持つ石川県出身の長身右腕として、1年目からの活躍が期待される。これまでの野球人生や野球に対する考え方、今後の目標などを語った。

意外にも控え投手だった中学時代

――野球を始めたきっかけは。

「小学生のとき、親戚である遊学館高の行田選手の応援に甲子園へ行き、行田選手の甲子園大会1000号ホームランを見て野球をやりたいという気持ちになった」

――最初からピッチャーだったのか。

「小学生時代の富樫クラブでは6年生の人数が少なく、主にキャッチーをする事が多かったが、本当はピッチャーをやりたかった。中学でも同学年に凄いピッチャーがいた為、控え投手だった」

本格派投手に成長した高校時代

――野々市明倫高では1年生の夏からベンチ入り。

「1年生の秋までは身体が出来ておらず、目立つ活躍は出来なかったため、冬場には厳しいトレーニングを行なった。60キロ前半というガリガリな体型だったが、10キロ近く増量して72キロまで増やす。この1年生の冬が高校では一番頑張った時期だった。2年生の春には球速も135キロになり、エースナンバーをもらうことができた」

――エースとして臨んだ2年生の夏。

「羽咋高との1回戦、先発投手としてマウンドに上がったが、6回4失点で敗戦投手となった。この敗戦がショックで高校時代で最大のスランプに陥った。3年生の夏を自分が終わらせてしまったという想いが原因だった。当時のキャプテンからも”このチームはお前が頼りだ”と試合前から言われており、大きなプレッシャーを背負っての登板だったが、期待に応えることができなかったのは悔しい思い出」

――新チームで迎えた秋の大会。

「夏の敗戦以降は調子が上がらず、秋の大会も初戦の羽咋工戦で3番手で登板するも敗退。その後の練習試合でも、投げれば打たれるの繰り返しで苦しい日々だった」

――調子を取り戻したきっかけは。

「秋はリリーフでの登板が多かったが、最後の練習試合で2ヶ月ぶりの先発登板の機会が回ってきた。その試合で1失点完投で勝利することができたのがスランプ脱出のきっかけだった。ストレートで押してフォークで三振を取るスタイルが出来たのもこの試合。フォークもコントロール出来る様になったのが大きかった」

――2年生の冬はどのようなトレーニングを行なったのか。

「この時は、自分以外にも2名の投手が居て2人ともとても意識の高い選手だった。冬の練習メニューは3人で考えて決めていた。冬のトレーニングではボールのスピン量が上がってきて、早くマウンドで投げたいと言う気持ちが強かった」

――3年生になってピッチングに変化はあったか。

「球速は140キロを超え、空振りが取れるようになった。ボールにキレが出てきたように思う。春季大会は、金沢学院東(現金沢学院)に3回戦で敗れたが、この試合では7回を投げて10奪三振を奪うことができ大きな自信になった」

――最後の夏を前に怪我。

「自信を深めた春季大会だったが、大会後に肩を痛めてしまった。調子が良過ぎて上ばかり使って投げていた事が原因だった。幸いにも怪我はそれほど重症ではなかったため、その間に下半身の強化が出来た。また、自分が投げられない事で、他の投手が成長するきっかけにもなった」

――高校生活最後の夏を前に取り組んだ事とは。

「この時期にはあまり考えられないが、投球フォームの改造を試みた。メジャーの試合を見ていて、みんな腕が上がって無いなと思い、オーバースローから少し肘の位置を下げて投げてみた。元々のフォームでは肩の痛みがあったが、少し肘を下げたフォームだと不思議と痛みも無かった。元々横軸回転だった自分にはしっくりして、腕も更に強く振れる様になり、球の走りもコントロールも今まで以上だった。それから監督の許可を頂き、本格的にフォーム改造に取り組んだ」

――大谷翔平のフォームを参考に。

「当時は、花巻東の大谷翔平(現エンゼルス)が高校生最速の160キロを投げていた。フォームが近いこともあり、大谷翔平のフォームを参考にした。1週間後に実戦マウンドで試してみたところ、ほぼストレートだけで相手チームをねじ伏せることが出来たのには驚いた。練習試合相手の小松高・越智監督(現聖カタリナ学園高監督)からも絶賛された。夏大会前の最後の練習試合で3安打完封勝利したことで、最後の夏は自信を持って臨むことができた」

――高校最後の公式戦は星稜に敗れたが。

「最後の夏は、1回戦で二水、2回戦で錦丘を破り3回戦へ進出したが、3回戦で2年生エース・岩下(現ロッテ)を擁する優勝候補・星稜相手に7回4失点し、高校野球が終わった。この試合では、打者との駆け引きができるくらいとても冷静に投げることができ、高校野球最後の試合で最高のピッチングができた」
 

元遊学館の4番・行田篤史さんからメッセージ

しゅんちゃん、ミリオンスターズ入団おめでとうございます!正直、これだけの選手になるとは思いませんでした(笑)。自分自身のホームランを見て野球を始めたと言うのは初めて知りました!ただ、目標はあくまでNPBと言うことなので、自分自身も達成出来なかったプロ野球という世界に入れるよう日々精進してください。陰ながらではありますが、応援させていただきます!

後編は、プロを意識した瞬間から、大学野球など、まだまだ盛り沢山の内容をお送りします。

近藤俊太郎(こんどう・しゅんたろう)1995年12月19日生まれ。185センチ・82キロ。右投右打。小学1年生で野球を始め、高尾台中では軟式野球で投手を務める。野々市明倫高では2年春からエース。3年夏には140キロ超のキレのあるストレートで注目されたが、95回選手権(2013年)の3回戦で、優勝した岩下投手(=現ロッテ)擁する星稜高に1ー4で敗れた。金沢星稜大では1年秋からリーグ戦で活躍。140キロ中盤のストレートとフォークボールを武器に、2年春には北陸大学リーグで5勝を上げ敢闘賞を受賞。北陸大学リーグ通算22勝は、金沢星稜大では歴代最多勝利数。好きな言葉は一念通天。

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